氏名:稲田杏那 (Anna INADA)
卒業年:2014年
勤務先・所属部署:KOSE宣伝部 企画・PR課
大学時代の活動 : GASS,サマーキャンプTA,ダブルタッチサークル
APU卒業後は大学院に進学。その後アパレル業界の会社に就職され、現在はKOSEの宣伝部でご活躍中の稲田杏那さん。APU時代に培ったネットワークや価値観を今の仕事とつなげていきたいと思っているそうです。
【どうして最初の企業に就職しましたか?】
はじめの企業は、イギリスに留学中に参加したキャリアフォーラムで出会った「メーカーズシャツ鎌倉(鎌倉シャツ)」でした。もともとファッション業界に興味があったかつ、今では多くの企業が取り入れているSPAモデルをいち早く取り入れ、セールをしないことでむやみに上代を上乗せせず、消費者にとっても生産者にとっても適正な価格でメイドインジャパンの商品を世界に届けるという正直なビジネスモデルに感銘を受けて入社しました。
鎌倉シャツでは、販売員ではあったものの、いろいろな仕事をさせていただきました。商品の在庫発注から店頭のディスプレイを考えたり、店舗ブログを更新したり。新卒採用の面接官をしたこともあります。そのなかで商品やブランドのことについて発信をしているときが一番楽しくて、「プロモーションのことをもっと本格的に勉強したいな」と思うようになりました。
そんなときに、「私に合う仕事が出来そうな会社があるよ」とAPU時代の友人がKOSEのことを紹介してくれました。紆余曲折はあったのですが、日本発のブランドであることや、海外に向けてのマーケットを持っているということを軸に、ブラさないで転職活動を行っていました。
【KOSEを選んだ決め手はなんでしょうか】
KOSEは、みんなが知っているブランドがたくさんあるけど、その大元を作っているのはどんな人たちなのだろうと興味がありました。
元々ファッションもコスメも大好きでしたし愛用しているブランドだったのも理由です。
【今APU生とプロジェクトを行なっていると伺ったのですが、具体的にはどのようなプロジェクトを行っていますか?】
雪肌精というスキンケアブランドを担当しているのですが、商品を学生たちに使ってもらってレビューをもらったり、自分のインスタを通してブランドや商品を発信してもらうことをお願いしています。卒業してから、APU生は視野が広いと感じました。APU生って外に出てから、影響力も発信力も大きくなっていく人たちだと思うので、そのような人たちの原石が集まるAPUで、アイデアと思いました。
【APUでの生活が生きてくることはありますか?】
今だにAPU生時代の友人と会うことが多いです。卒業してから関わるようになったAPU生も沢山います。APU生は真面目な話をフランクで話せるじゃないですか、真面目な話をしても格好悪いなんて思わないから、それはやっぱりそうゆう人たちと今でも関わってられることが一番今に生きてるなーと思います。
【今のお仕事の中では、いつ英語を使っていますか?】
KOSEは海外(中国韓国アメリカシンガポールなど)にもブランチがあるので、そのブランチの人たちとメールでやりとりするときや、SNSやインターネットを使った海外向けのプロモーションを考えるときのやりとりなどで、英語を使っています。また、現地のトレンドをリサーチするときなどにも英語を使っています。

【なぜ GASS に入ろうと思ったんですか?】
入学前のオープンキャンパスで、自分の大学について語れる先輩方を見て憧れを抱きました。
3 年間 GASS で活動し、3 年生の時は副代表をしました。
【APU では取捨選択しないでチャレンジすべきとおっしゃっていたのですが、具体的にやってよかったと思う課外活動を教えてください。】
やったことは全部やってよかったと思います。特に GASS や TA はオフィスの方々という大人 の人とお仕事をさせてもらったので、いい経験になりました。またお金をもらって働くことを 経験したことにより、責任感を持って働くことを学び、それが今の仕事にも生きていると思います。(アルバイトでも学ぶことができるけど、自分の好きな大学をアピールするためにできたということはすごくよかったと思います。)
【具体的にはどうオフィスの方々と関わっていましたか?】
オープンキャンパスは入学課の人が担当しているので、大枠のところは決まっていますがコン テンツの企画や当日の運営は GASS が担当していました。なので業務的なことから、どう大学をアピールするか、どうしたら1人でも多くの学生が受験してくれるか考えることなどを通し て密接に関わっていました。
【やればよかったと思う活動はありますか? 】
ウィークに参加すればよかったと思っています。GASS などの活動を行っていたので、ウィー クなどの短期で活動が詰まっている活動はできなかったんですが、ウィークに参加した子たちは、その国の友達がごろっとできていたんです。それが本当に羨ましかったです。 最初は英語を話そうとして国際生に話しかけていたけど、国際生はすぐ日本語を習得しちゃって英語を話す環境が少なくなっちゃう。もっと国際生と繋がれるような環境にいればよかったです。
【どのように工夫して国際生の友達を作っていましたか?】
ハウスや授業であった国際生と友達になっていました。
すれ違うときに、挨拶やコミュニケーションを取るように心がけて、いつでもなにかあれば話ができるような関係を作ろうとしていました。
【なぜ院に行くことを選んだのですか?】
はじめは在学中に留学したいとも思っていたのですが、活動を始めたら APU でしか出来ない活 動にフォーカスしたくなって、大学の 4 年間は APU を思いっきり楽しみたいと考えるように なりました。でも、自分のしたいことを考えたとき、一度は海外で住みたいとは思っていたの で、イギリスの大学院に進むことで、英語も学べるし、マーケティングを深められるし、海外 のものに触れて感性を刺激されたいと思い、院へ進みました。
【院に行くことは就活の上での需要はあると思いますか?】
院は、企業だったり文系か理系かによって、アドバンテージになるかは変わってくると思いま
す。理系だったら、院はアドバンテージになると思いますが、文系は本人のポテンシャルやし
てきたことや性格をヒットさせて採用していく感じだと思うので、例えば給料が上がる!とい
うようなアドバンテージはないと思います。でも、院で学んだことや感じたことは最終的にはアドバンテージになっていると感じています。

【次に考えているプロジェクトはなんですか?】
APU 生は様々な価値観のもとで育った人たちが世界中から集まっていますし、大学に進学する目的意識がしっかりある人が比較的多いので、新商品の案やプロモーションについての意見を聞く機会を設けていきたいと考えています。
【地方活性化にもご興味があるということですが、具体的にはどのようなことを考えてらっしゃいますか?】
東京にきてから、人の熱量がクールになってしまっていることに気づいて、九州の規模の心地よさや地方にある資源がどれだけ魅力的か気付きました。また、今のトレンドとして、海外のひとたちは「日本人でも行かないような秘境にいきたい」というのが多くなっているので、それだったら自分の地元である鹿児島の地を紹介したいと思いました。また、今の地方は圧倒的に若い人が足りなくて、今ある資源をどう使っていくかを考えていく人やアイディアも足りていないのではと感じます。なので、ゆくゆくは自分が地元に戻って発信できたら面白いかなと考えています。
【APU から出て地方で働くことに関してはどう思いますか?】
私個人としては、一度は東京などの大きいコミュニティに出た方がいいと思います。地方より 関われる人数や情報量・スピードに関しては間違いなく優っていると思うので、一度でて色々 なネットワークを作ったりするのは大事だと思います。Uターンして、地方に持ち帰るというのもとても素敵だと思います。